【手術解説】全人工肩関節置換術とは
全人工肩関節置換術とは、どのような手術なのでしょうか。全人工肩関節置換術の適応、手術 の詳細、術後の合併症、術後のリハビリテーションと日常生活についてご紹介します。
全人工肩関節置換術
全人工肩関節置換術とは、変形性肩関節症(腱板が正常)や関節リウマチなどによって変形した り傷んだ肩関節の表面を取り除いて、人工関節に置き換える手術のことを示します。 変形性肩関節症において、腱板が正常な場合とそうでない場合で、手術が異なります。
腱板が正常な場合は全人工肩関節置換術、腱板が正常でない場合は反転型(リバース型)人工関節置換術が適応となります。
反転型(リバース型)人工関節置換術とは
反転型(リバース型)人工関節置換術の特徴は、骨頭が関節窩側にあるため、外転運動の回転 中心が正常な肩や全人工肩関節置換術よりも大幅に内下方へ移動することにあります。 よって、外転した時のモーメントとアームがおよそ70%伸び、外転筋力が70%増します。
腱板断裂性関節症で骨頭の求心位がとれず、挙上困難になったり、三角筋の筋力低下が生じる ことにより外転ができず、弛緩性麻痺のような肩を呈する患者さんに反転型(リバース型)人工関 節術を施行すると、肩の側方挙上、つまり外転が簡単にできるようになります。
全人工肩関節置換術の適応
全人工肩関節置換術は、2021年より過去10年間で5倍増加(特に米国)しています。 日本人などのアジア人種は、白人に比べて変形性関節症になる危険性は半分以下です。
日米の比較では、日本での年間・単位人口あたりの人工股関節手術件数は米国の1/3、人工膝 関節手術件数は1/4ですが、人工肩関節は1/40と極端に少ないことが報告されています。
その理由は、全人工肩関節置換術の適応となる患者さんが少ないことにあります。 日本と米国では、軟骨の弱さの人種的な差が関係していると言われています。 また、前述の通り、全人工肩関節置換術の適応は、“腱板が正常”な変形性肩関節症に限定され ます。
では、変形性肩関節症の中でも、なぜ“腱板が正常”でないと適応とならないのでしょうか。 それは、全人工肩関節置換術の手術手技が関連しているのです。
全人工肩関節置換術の手術手技
関節の滑らかな動きを再現できるように、上腕側に入れる上腕骨コンポーネントと肩甲骨側のコ ンポーネントに入れる関節窩コンポーネントの2つに分かれています。
腱板機能の状態によってコンポーネントの形状を変更することはありますが、上腕骨に入るコン ポーネントは金属で、関節窩に入るコンポーネントは金属もしくはプラスチックの物を入れます。 上腕骨と関節窩のコンポーネントの接触部分には滑らかなプラスチックが用いられます。
腱板断裂のような腱板機能不全があると、上腕骨の求心位を保つことが出来ず、上腕挙上動作 時に骨頭が上腕偏位してしまいます。
この状態で全人工肩関節置換術を施行すると、関節窩コンポーネントに緩みが生じることが報告 されています。そのため、修復困難な腱板断裂に続発した二次性な変形性肩関節症に対しては、全人工肩関 節置換術は禁忌なのです。
全人工肩関節置換術の合併症
全人工肩関節置換術後、痛みは急激に改善し、3ヶ月で85〜86%の改善がみられるという報告 がありますが、痛みの持続時間と強度には個人差があります。
全人工肩関節置換術後15年間の追跡調査を行った研究によると、73%の患者さんに関節窩の 緩みの兆候がX線上で確認されたことを示しています。
合併症として、インプラント関連の痛みがありますが、その原因としては、感染症、無菌性の緩 み、コンポーネントの分解、金属過敏症、不安定症が挙げられます。
別の報告によると、術後の合併症として、血腫、深部静脈血栓症、腋窩神経損傷、急性感染症、 肩甲下筋損傷が12%の患者さんに発症したことを示しています。
また、全人工肩関節置換術後90日以内に、なんらかの合併症で再入院した患者さんを分析した 研究によると、危険因子には肥満、糖尿病、末梢血管疾患、うっ血性心不全、慢性肺疾患、うつ 病、慢性貧血が含まれていたことを示しています。
全人工肩関節置換術のリハビリの日常生活
全人工関節置換術のリハビリテーションでは、術直後に、人工関節が脱臼しやすい肢位をとらな いよう注意する必要があります。
全人工肩関節置換術では外旋位で脱臼しやすいのが特徴です。
日常生活動作においても、脱臼しないよう動作の工夫が必要となります。 また、肩関節拘縮にも注意が必要であり、集中的に訓練を行っていく必要があります。
術後4週まで
術後4週までは三角巾を用いて患肢の安静をはかります。 また、創部の冷却を1回15分で1日4〜5回行います。 者さん自身で行う「振り子体操」も始めます。
修復した肩甲下筋腱に過負荷をかけないため、術後4週までは30°以上の外旋は禁止です。 背臥位でも健側上肢を使う他動挙上運動、肩甲骨の自動内転運動も同時に行います。
服を着替える時には、自ら手を挙げないように工夫が必要なため、台の上に手全体を置いて、術側から袖に手を通すなどの工夫が必要となります。
振り子体操とは
健側の手で台などを支持して前かがみになり、術側は三角巾をつけた状態で肩から手全体が振 り子のように動くように身体を揺らす体操です。
術側の肩を自ら動かすのではなく、体幹を揺らすことで遠心力のように肩から手全体が揺られる のをイメージします。 自ら術側を動かして可動域運動をすることが禁忌であるため、体を前傾して重力に頼って肩を動 かすことを目的とした体操です。
術後4〜6週
他動可動域が屈曲90°、外旋60°、内旋70°に達したら、これまでの他動可動域運動に加えて、自 動可動域訓練も開始します。
術後6〜12週
自動運動で屈曲140°、外旋60°に到達したら、さらに自動・他動可動域の拡大を測り、筋力増強 訓練も開始します。
術後12週
自動運動で屈曲160°が可能になれば、最終段階として可動域を維持しつつ、筋力をさらに増強 し、4ヶ月から半年に向けて徐々にスポーツ等への復帰も目指すことができます。 ただ、人工関節が入っいるため、過度の負荷がかかるようなスポーツは推奨されません。
〈参考文献〉
1)井樋栄二.人工肩関節置換術とそのリハビリテーション.Jpn J Rehabil Med 2017;54:182-185 2)Chiara Fossati.Management of Painful Shoulder Arthroplasty: A Narrative Review.Pain Ther. 2020 Dec; 9(2): 427–439.
3)Brandon J. Outpatient versus inpatient anatomic total shoulder arthroplasty: outcomes and complications.JSES International 4 (2020) 919e922
4)Abdulaziz F. Ahmed.The safety of outpatient total shoulder arthroplasty: a systematic review and meta-analysis.International Orthopaedics (SICOT) (2021) 45:697–710
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