【手術解説】全人工股関節置換術とは
全人工股関節置換術とは、どのような手術なのでしょうか。全人工股関節置換術の適応や禁忌、手術の詳細、術後合併症、術後のリハビリと生活についてご紹介します。
全人工股関節置換術
全人工股関節置換術は、末期変形性股関節症の最も効果的な治療法の1つと考えられており、今後数十年で劇的に増加すると予想されています。
全人工股関節置換術とは、股関節疾患により股関節が摩耗した部分を取り除き、股関節ごと(骨盤側も大腿骨側も)人工関節に置き換える手術のことを示します。
全人工股関節置換術は、痛みの緩和、機能の回復、生活の質の向上に繋がります。以前は人工関節の寿命(10〜15年)と生命予後の兼ね合いから、年齢を60〜65歳以上に制限していることもありましたが、再置換の技術が向上し、適応年齢も低くなっています。
全人工股関節置換術の適応
全人工股関節置換術における、一般的に適応となる疾患は以下の通りです。病気の進行により、痛みが強く日常生活に制限があり、保存療法が適応とならない場合、全人工股関節置換術の適応となります。
変形性股関節症
股関節のクッションである軟骨の摩耗(すり減り)や筋力の低下が要因となって、 股関節に炎症が起きたり、関節が変形したりして痛みが生じる病気です。
原発性と続発性があり、続発性の場合は、平均的に若い患者さん(35〜50歳)に多く、年間の全人工股関節置換術の約10%を占めます。
大腿骨頭壊死
副腎皮質ステロイド薬やアルコールによって大腿骨頭への血流障害が起こり、大腿骨頭内に壊死した部分が生じる病気です。
次第に関節軟骨が変形、摩耗し変形性関節症が進行していく形となります。
関節破壊の高度な関節リウマチ
慢性・持続性・多発性・骨破壊性の関節炎を特徴とする病気です。
徐々に関節裂隙の狭小化が進み、関節が亜脱臼や強直などの変形を起こします。
その他
・股関節形成不全を含む先天性股関節障害
・他に適切な治療のない両側性股関節症で、疼痛の激しいもの
・60歳以上の大腿骨頚部骨折や偽関節で骨接合術が困難なもの(人工骨頭置換術でも可)
全人工股関節置換術の禁忌
全人工股関節置換術の禁忌についてご紹介します。
以下のような疾患がある場合、全人工股関節置換術は禁忌となります。
全身性の感染症、敗血症
局所の感染症(化膿性関節炎、骨髄炎)
神経病性関節症
重症な血管障害
コントロールできない糖尿病や高度な認知症
全人工股関節置換術における2種類の固定方法
全人工股関節置換術に用いられるインプラントは、主に金属やセラミックなどの素材で人工的に作られたものを使用します。
股関節の人工関節は、骨盤にカップを設置し、股関節を受け止めるソケット、大腿骨頭のような球型のボール、それらを支えるステムで構成され、ソケット内部にあるライナーは軟骨の役割があります。
カップ側もステム側も何らかの形で骨と固着していますが、その固着方法として、セメントを介する方法(セメント固定)とセメントを介さずインプラントと骨が直接固着する方法(セメントレス固定)の2種類に分けられます。
全人工股関節置換術では、患者さん個々のニーズに合わせた最適な方法を選択します。セメント固定とセメントレス固定の決定的な違いは、手術手技および術直後の固着の強度であると言えます。
セメント固定
術直後から最高強度の固着が得られるため、いったん良好なセメンティングが行われば、術直後から全荷重歩行が可能で疼痛も少なく、術後早期の骨折などの合併症が少ないのが特徴です。
セメントレス固定
セメント固定と比べて手術時間が大幅に短いメリットはありますが、インプラントと骨とが生物学的に固着されるまでに数週間を要するため、術直後に良好な初期固定が得られていないと、周術期には荷重時に痛みが生じたりなど、固着が得られにくいこともあります。
全人工股関節置換術における2種類のアプローチ
全人工股関節置換術における一般的なアプローチとして、前方進入法と後方進入法の2種類があります。前方進入法と後方進入法のそれぞれにメリット・デメリットがあり、その特徴を考慮する必要があります。
前方進入法
前方進入法の場合、縫工筋と大腿筋膜張筋の間を進入する術式です。
後方進入法よりもADLの早期回復が期待できる反面、後方進入法よりも手術時間が長時間となり、骨折等のリスクも多いというデメリットもあります。
後方進入法
後方進入法の場合は、大殿筋や中殿筋を分けて進入し、外旋筋群を切離することで術後の外転・外旋筋群の筋力回復が遅れる傾向にあります。
また、前方侵進入法より後方進入法は脱臼の頻度が高いと言われています。
人間は日常生活において股関節を屈曲している状態でいることが多いため、後方への脱臼が起こりやすいと考えられます。
全人工股関節置換術後の合併症
全人工股関節置換術後に生じる可能性のある合併症をご紹介します。
術後脱臼
全人工股関節置換術後の脱臼は、最も一般的な合併症であり、再置換の最大の要因です。初回の全人工関節置換術における術後脱臼の発生頻度は1〜5%、再置換では5〜15%と報告されています。
一般的には、関節リウマチや大腿骨頭壊死などで、術前の可動域が少ない患者さんや高度な肥満の患者さんなどは脱臼のリスクが高いと言われています。
人工関節周囲骨折
全人工股関節置換術後の人工関節周囲骨折の発生率は増加しており、特に若い患者さんに多い傾向があると報告されています。
人工関節の緩み
人工関節の寿命は10〜15年と幅広いですが、使い方も影響しています。人工関節の破損や緩みを認めた場合、再置換術を受ける必要があります。
その他
感染症
静脈血栓症
坐骨神経麻痺
脚長差
異所性骨化
血管損傷
全人工股関節置換術後のリハビリと日常生活
全人工股関節置換術におけるリハビリと、日常生活での注意点についてご紹介します。全人工股関節置換術におけるリハビリテーションは、術前と術後に行われます。
術前のリハビリテーション
術前のリハビリテーションは、術後の改善を効率化するために行います。
主に殿筋群(特に中殿筋)の筋力増強訓練、股関節の関節可動域訓練が行われます。
術後のリハビリテーション
手術翌日:
ベッドサイドにて訓練開始となります。
痛みの程度に合わせて関節可動域訓練、筋力増強訓練を行います。
術後3日〜1週以降:
起立歩行訓練(荷重は痛みに合わせて)、筋力増強訓練(初期は自動介助〜抵抗運動が中心、最初は脱臼を防ぐため徒手による運動が安全)、関節可動域訓練(脱臼に注意し、股関節伸展は最低限0°、できれば10°程度が目標)を行います。
日常生活の注意点
日常生活では、脱臼肢位を配慮した動作の獲得や、自助具の利用が必要となります。
脱臼肢位
股関節過屈曲(90°以上)は脱臼の危険がある禁忌肢位となります。さらに、前方進入法の場合は伸展-外旋が禁忌姿位、後方進入法の場合は屈曲-内転-内旋が禁忌姿位となります。そのため、正座やあぐらは可能でも、横座りや割座、座礼は行わないよう注意が必要です。
床上動作
手術した側の足を軸にせず、机などの台を支えにするといった工夫が必要です。
更衣動作
靴下を履く時など、手がつま先に届かない場合はソックスエイド(自助具)を使用します。
トイレ動作
和式便座では股関節の過屈曲を伴うため、洋式便座を利用することが必要となります。
入浴
浴槽に浸かった時、股関節を曲げ過ぎないようにするため、浴槽内に腰掛けを設置するなどの工夫が必要です。
〈参考文献〉
1) Varacallo M, Luo TD, Johanson NA.Total Hip Arthroplasty StatPearls Publishing; 2021.1
2)松原 正明ほか.Minimally invasive surgeryによるcementless
3)Woolson,ST. et al: Primary total hip arthroplasty using an anterior approach and a fracture table. J Arthroplasty. 2009; 24: 999-1005.
4)加畑多文.人工関節置換術の基礎的知識ー有効なリハビリテーションのためにー.Jpn J Rehabil Med 2017;54:698-703
5)冨士武史.整形外科疾患の理学療法2008,金原出版株式会社
最新記事
すべて表示全人工肩関節置換術とは、どのような手術なのでしょうか。全人工肩関節置換術の適応、手術 の詳細、術後の合併症、術後のリハビリテーションと日常生活についてご紹介します。 全人工肩関節置換術 全人工肩関節置換術とは、変形性肩関節症(腱板が正常)や関節リウマチなどによって変形した...
全人工肘関節置換術とは、どのような手術なのでしょうか。全人工肘関節置換術の適応、手術 の詳細、術後の合併症、術後のリハビリテーションと日常生活についてご紹介します。 全人工肘関節置換術 全人工肘関節置換術とは、肘関節の変形や破壊などによって、肘関節の疼痛や可動域制限が...
全人工膝関節置換術とは、どのような手術なのでしょうか。全人工膝関節置換術の適応、手術の詳細、術後合併症、術後のリハビリと生活についてご紹介します。 全人工膝関節置換術 全人工股関節置換術は、主に末期の変形性膝関節症に対して行われる手術であり、全人工股関節置換術に次いでよく行...
Comentarios